受験という今までの人生の中ではむちゃくちゃ長いほどイベントが終わりましたのでその報告をさせて頂きます。文章が想像以上に長くなってしまったので2回に分けます。今回はセンター試験までです。


高2
 科学の甲子園とかいろんな大会に出ていました。受験は本当に意識していませんでした。とはいえ、ツイッター上で数学コンクールの存在を知り、それの解答を送り続けていたら塾側から特待認定されたので少し講座を取りました。でも難易度が高く当時の自分は理解できませんでした。

高3

文化祭まで
 先輩が難なく合格しました。(という風に見えました)そのせいもあってかいよいよ受験生とか呟やいておきながらまだやるべきことが残っていたのでそれをやるという感じでした。物理部誌製作のために本来高3がやるべき行事をすっぽかしてかなり頑張ってました。結果本の値段を半額にして、本を全て売り、黒字にすることに成功しました。成績がやばいことに薄々気づきます。

6月
 この頃からようやく受験について意識しはじめます。同級生のA氏から自習室利用のできる塾の存在を知ります。校内模試が終わったその日に塾の方に行ったはずです。その時点での成績は悪かったですが、高2の頃に出していた数学コンクールの成績を出すとかなり優遇してもらうことに成功しました。塾主催の数学の公開授業の成績が良かったので赤本を大量にもらったのは良かったです。

夏休み
 科学の甲子園校内予選問題作成という作業をしました。なぜか数学、情報、化学の3科目も担当することになりました。化学は基本もあやふやだったので教科書の章末問題を使いました。そして他校との合同演習会にもなぜか出ていました。8月には数学甲子園本選に出場しました。準々決勝でやらかして順位発表する時に受験の時よりもこの発表は怖いと感じました。なぜならこの大会は今年しか受けられないからです。でもなんとか通過して、その時はものすごい喜びでした。決勝まで行けて本当によかったです。受験勉強自体は進んでいるようで進みませんでした。

秋〜冬
 アルバム委員会という活動がありリーダを務めていたのですが、委員の集まる機会が中々なくて大変でした。これを処理する関係上パソコンを封印できなかったのがのちのち響きます。そしてなぜかソーシャルゲームを始めていました。ひたすら体力が減るまで探索するという作業を繰り返してました。(1分で1回復するので結構遊べる)秋辺りに東京にある塾の方に行ったのですが、そこで本部の方に英語は70取らないと厳しいぞこのままだと相当頑張らないといけないぞーって言われてこのやろーって感じでした。でもその頃は英語が偏差値40いってないんで相当ひどかったはずです。

 秋に模試を受けたのですが、2日目で痛恨の遅刻をしました。こんなことやってたら落ちるぞって思いました。結果は謎のB判定(今までの中で最高の判定)でまじかと思いました。そしてついに英語平均点到達を達成しました。一応部活は追い出されなかったので2学期末までいました。意識高い後輩と受験の話をしてうわ、英語の点数負けてるとかで盛り上がったり、数学の過去問を解いたりまたある時は海外のノベルゲームを翻訳したりしていました。冬休みは割りと学校の自習室で取り組んでいました。なんか記録によるとセンター前日にゲームしていたようですが。

センター試験
 最初の科目の試験で失態を冒し、最悪試験が受けられない状態まで追い込まれました。試験官のいうことはよく聞きましょう。国語の解答が終わった後、後ろで漢字の答え合わせをしている人がいてやめておくれという感じでした。数学IIBが全然解けなくて焦りました。微分の最後らへんの部分はなんか当てかんで埋めたら当たってました。あの恐ろしさは二度と味わいたくはないと思いました。自己採点したら、国語わりとなんとかなったなと思っていたら、みんな8割以上とって唖然でした。みんなの合計点をTLで見て自分より低い人が中々いないので確かこれ普通に落ちるなと呟いてたはずです。

今日はここまでです。